ほぼ旬刊ミャンマー通信第6号

 どじょう宰相の誕生に合わせて相田みつおさんが再び脚光を浴びていますが、「うばい合えば足りぬ、わけ合えばあまる」という言葉の意味がしみじみわかるのが、ミャンマーです。5800万の人口の約1%弱45万の得度したお坊さんがいます。また人生修養のため男子は必ず頭を丸め、数週間から数ヶ月お寺に預けられます。そうした臨時のお坊さんも含めれば、もっと多くがいるはずで、毎朝托鉢に出かけるお坊さんをあちこちで見ることができます。そんなお坊さんのために朝早くからご飯を炊き、毎日スプーンいっぱい分だけでも喜捨するのです。まさしく「貧者の一灯」です。

 私達もまさしく「貧者の一灯」を掲げたいと思って、年に2〜3回のスタディーツアーを行い、ささやかな寄付をしてきたのです。しかし先回も書いたように「ノット・チャリティー、ジャストワーク」の精神で、「魚を与える」よりは「魚の採り方」の伝授を出来ればしてゆきたいのです。職業訓練学校構想もソーシャルビジネス構想もそんな観点からたどり着いた結論です。調べてゆくと、先輩のNPOやNGOも悩みながら同じ結論にたどり着いているようです。「地球市民の会」などは頭が下がります。

 グラミンクリエイティヴラボ@九大でもそんな勉強をさせていただいております。ソーシャルビジネスの定義は次の3点だと教えられております。①そこにある社会的問題を解決する。②利益を出すのは当然だが、配当はしない(資本金の返還には応ずる)。③自立して持続する(補助金援助金に頼らない、頼れば打ち切られた時点で終わってしまう)。相手も自分たちも食えるようにすることが、自尊の気概、人間としての威厳を生む土壌(どじょう)になる!「配当なしでも、人類の希望という配当があるではないか!というのが理念です。ユヌスさんの挑戦の成功もあります。ソーシャルビジネスは人類の一つの知恵、21世紀の新しいビジネスモデルになりうるのではないかと言われております。「大切なのはあなたから始めることだ!」とA・T・アリアラトネ氏(スリランカ・サルボダヤ運動50年)のセミナーでは問われました。
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